2006.4.24

終末期医療について
2病棟 看護師  井坂 美絵

 看護師として働くようになり、6年が過ぎました。これまでさまざまな患者さまとの関わりがありましたが、なかでもとくに印象に残っているのは、新人のころの出来事です。当時働いていた病院では、患者さまの入院から退院までを一人の看護師が受け持ち、その看護師が不在の際は、同じチームの看護師がその患者さまを担当するという受け持ち制をとっていました。入院されたAさん。舌の病気が進行し、このままだと呼吸に影響がでてきてしまうので、急遽気管切開(気道確保の1種で、前頚部の皮膚、気管を切開し、カニューレという筒を入れること)をされました。Aさんを受け持っていたのは私の先輩で、不安の強いAさんの気持ちを汲み取り、段階に応じた看護計画を立て、Aさんが常に同じ看護を受けられるようにしてありました。わたしがAさんを担当したのは、気管切開後だったと思います。気管切開後は発声ができないので、Aさんは喉と鼻に指を当て、痰をとってほしいと訴えます。喉や鼻、口に管を入れて痰を取り終えると、Aさんは紙に“痛い!”“もっと優しく”と書き、私はごめんなさいを繰り返し、吸引(上記の、管で分泌物を取り除くこと)のたび緊張しました。そんなAさんが、吸引後に親指を立て、グーサインをだしてくれたときの感情は、今も深く心に残っています。

 Aさんはお風呂が大好きな方でした。また、Aさんの部屋にはいつもお経のカセットテープが流れていました。心が落ち着くようです。ぽんぽんと響くお経のリズムに慣れるまでは、なんだか妙な気分でしたが、次第に慣れ、Aさんの部屋でお経をバックに筆談でお話するのが好きでした。Aさんは発声ができないためか、ジェスチャーも大きく、それがとてもかわいらしかったことをよく覚えています。
 次第に病気は進行し、からだがつらい中でもAさんはお風呂を欠かしませんでした。そして翌日。その日はAさんの受け持ちの先輩との夜勤でした。夜が明け、患者さんの巡視を終えてナースステーションに戻ったときのことです。Aさんの心電図に異常があり、先輩は急いでAさんの部屋に駆けつけ、私もあとを追いました。Aさんはうっすらと目をあけ、呼びかけにかすかに目が動いたように見えました。そのとき、先輩がとっさに、お経のテープを流しました。そのお経を聞いて安心したかのように、Aさんはゆっくり目を閉じました。
 先日、先輩と数年ぶりにお会いしました。Aさんのことは、先輩もよく覚えていると話していました。あのときあの状況でお経のテープを流した先輩の行動に、私は率直にすごいなと感じたことを話しました。先輩は、あのときはとにかくお経を、と思ったと話されました。Aさんはいつもお経を流し、椅子に座って心穏やかに過ごされていました。Aさんのその習慣、生活背景をとらえていたために、Aさんの最期に先輩の、その行動が伴ったのだと思います。

 人生の最期をどのように迎えるか。終末期にある患者さまを受け持つたびに、そのようなことを考えます。高齢化社会が進み、病院で最期を迎える方も多くなっています。たとえば、“大好きなおまんじゅうを食べながら、ぽっくり死にたいわ”なんて言っていたおばあちゃんが、病院で自分の望まない治療を受けて、治療に伴う苦痛を味わいながらお亡くなりになるということもあるかもしれません。当院においても高齢者の入院が増えており、万一の場合はどのようにするか、患者さまのキーパーソンとなる方を中心に話し合っていただいていますが、実際患者さまは何を望んでいるのかわからない場合が多いように思います。自分の人生、最期はこうありたい、という望みをもったり、家族と話し合ったりする機会があってもいいのではないかと思います。そして、患者さまやそのご家族が望む医療や看護を統一して提供していくことが、私たち医療者の役目と心得、努力していきたいと思います。
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